『58歳のパリ=ダカ、チャレンジ——篠塚健次郎』
パリから帰国していた篠塚健次郎と30年振りに会いました。
最初彼と会ったのは1976年——篠塚が最初に走ったアフリカ・サファリラリー。彼は初参戦で6位入賞を果たし、三菱チームが1、2、6位と参加三台が好成績を収め、総合優勝した年でした。
その年、モントリオールオリンピックが開催され、現職総理大臣の田中角栄がロッキード事件で逮捕され、村上龍の『限りなき透明に近いブルー』が芥川賞を受賞し、『およげ!たいやきクン』、イルカの『なごり雪』、山口百恵の『横須賀ストーリー』が巷に流れていました。
「フランスではなかなか焼き鳥食う機会がないんですよ」
そういう篠塚さんの言葉に、新宿西口の高層ビルの中にある焼き鳥屋に入りました。
今回帰国の目的は来年走るパリ=ダカール・ラリーのスポンサー探しだといいます。たしか今年のパリ=ダカでラリー引退宣言をしたはずです。
僕がその事をいうと、
「そうなんだ。そのつもりだったんだけど、僕はやはりラリーから離れられないんだよね。でも、これまでのように優勝は目指さない。ラリーを目一杯楽しもうと思っている。そして、ラリー界にどうお返しをできるのか――僕なりにやってみようと思うんです」
団塊世代の篠塚の頭には白い髪がチラホラ。しかし、世界中の荒野、サバンナ、砂漠の太陽を浴びてきた日焼けた顔には、まだまだラリードライバーの輝きがあります。
「久しぶりに、日本酒美味かったですよ」
そう言って僕の手を強く握ると、コートの襟を立てて,木枯らしが吹き始めたクリスマスデコレーションの夜の街に去って行きました。
彼は来年もパリ=ダカを完走するでしょう。
――来年、パリ=ダカが終って帰国したら、また二人で飲みたいな。
彼の後ろ姿を見送りながら、ふと思いました。
