space.gif
space.gif
space.gif

« 『エベレスト大滑降―三浦雄一郎さん』   | メイン | 『瀬戸内海を眼下に初日と対面』   »

2006年12月08日

『58歳のパリ=ダカ、チャレンジ——篠塚健次郎』  

 パリから帰国していた篠塚健次郎と30年振りに会いました。
 最初彼と会ったのは1976年——篠塚が最初に走ったアフリカ・サファリラリー。彼は初参戦で6位入賞を果たし、三菱チームが1、2、6位と参加三台が好成績を収め、総合優勝した年でした。
 その年、モントリオールオリンピックが開催され、現職総理大臣の田中角栄がロッキード事件で逮捕され、村上龍の『限りなき透明に近いブルー』が芥川賞を受賞し、『およげ!たいやきクン』、イルカの『なごり雪』、山口百恵の『横須賀ストーリー』が巷に流れていました。
 「フランスではなかなか焼き鳥食う機会がないんですよ」
 そういう篠塚さんの言葉に、新宿西口の高層ビルの中にある焼き鳥屋に入りました。
 今回帰国の目的は来年走るパリ=ダカール・ラリーのスポンサー探しだといいます。たしか今年のパリ=ダカでラリー引退宣言をしたはずです。
 僕がその事をいうと、
 「そうなんだ。そのつもりだったんだけど、僕はやはりラリーから離れられないんだよね。でも、これまでのように優勝は目指さない。ラリーを目一杯楽しもうと思っている。そして、ラリー界にどうお返しをできるのか――僕なりにやってみようと思うんです」
 団塊世代の篠塚の頭には白い髪がチラホラ。しかし、世界中の荒野、サバンナ、砂漠の太陽を浴びてきた日焼けた顔には、まだまだラリードライバーの輝きがあります。
 「久しぶりに、日本酒美味かったですよ」
 そう言って僕の手を強く握ると、コートの襟を立てて,木枯らしが吹き始めたクリスマスデコレーションの夜の街に去って行きました。
 彼は来年もパリ=ダカを完走するでしょう。
 ――来年、パリ=ダカが終って帰国したら、また二人で飲みたいな。
 彼の後ろ姿を見送りながら、ふと思いました。

 
 

日記・コラム | Comment (0) | TrackBack (0)

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://premier.saloon.jp/mt/mt-tb.cgi/20

コメントを投稿

(いままで、ここでコメントしたことがないときは、コメントを表示する前にこのブログのオーナーの承認が必要になることがあります。承認されるまではコメントは表示されません。そのときはしばらく待ってください。)





この情報を保存しますか?

(書式を変更するような一部のHTMLタグを使うことができます)