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2009年11月01日

『再開!』

——ブログを書くのはもういいや。
 と思っていました。
 忙しいとついつい書きそびれてしまうし、また、ボクの日常生活は、仕事柄、結構オフレコ(off the record/非公式)にしておかねばならないことが多く、なかなか公式ブログ上に書けないんです。
 今、『E.YAZAWA ROCK』という映画のキャンペーンをやっていて、そんな折り、取材社側のマスコミの人から、
「ブログ拝見したんですが…」
とか、
「ブログで増田さんのこと調べたんですが」
とか言われました。
「えっ、でもたしかもう一年半以上書いていないですよ!」
という僕の応えに、皆さんからの苦笑が返ってきます。
 昨日まで大阪に行っていたのですが、そこでも、
「なんでブログ更新しないんですか??」
 取材陣だけでなく、今月11月21日(土)公開の映画『E.YAZAWA ROCK』があるせいか、映画ファンや矢沢永吉ファンの人何人もから言われました。
 最低週一では更新するようにします。オフレコネタは封印し、例え短い数行の内容でも。
 まずは、『E.YAZAWA ROCK』の公式サイト
http://www.rock-yazawa.com/
を観て下さい。

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2008年04月09日

『小林紘氏追悼』

光和興行の小林紘さんが亡くなった。
 「上板東映の小林さん」と言った方がピンとくる人が多いだろう。
 小林さんとは、金子正次の『チ・ン・ピ・ラ』を映画化する際に随分応援をしていただいた。同じ映画に携わる人間としてウマが合ったようで、それをきっかけに、私的にも友人として随分長いつき合いだった。一緒にローカルの映画祭に行ったり、若い映画監督,スタッフ達との交流の場をセッティングしたりした。
 私と会うと、
「マッさんはメジャーで、オレはマイナー」
 と、苦笑しながら言っていたが、本当に、誠実で、面倒見がいい人だった。
 石井聰亙、小中和哉、牛山真一、五十嵐匠、川島透、松井良彦…etc.ぱっと頭に浮かぶだけでも多くの映画監督たちが小林さんの助けを借りて映画界で旅立ちをした。既にメジャーデビューしていた梶間俊一も小林さんのバックアップを得て『ちょうちん』を撮った。ボクの知らないところでも、沢山の監督たちがいる。
 
 後年になって趣味とした陶芸作品をだして、小林さんらしい素朴な陶器に妻の手料理を盛り、一献傾けると、どんな時でも絶やすことがなかった小林さんの笑顔が浮かんできた。
 日本映画界でもう少し評価されてもいい人だった。
 合掌!
 
『和泉聖治監督現場訪問』
 桜満開の昼下がり、和泉聖治さんが監督をしているテレビ朝日50周年記念スペシャルドラマの撮影現場を訪問する。
「渡哲也さんが出演しているし、一度見に来ませんか?」
 とのお誘いがあり、和泉監督の演出現場を見ることと、渡さんとも久々にお会いしたいこともあり、急遽の訪問。
 和泉さんとは来年に一緒に映画をやろうと計画している。
 現場には、照明の大久保さんはじめ、旧知の映画スタッフもちらほら…。
 丁度、弁護士役の渡さんと容疑者役の米倉涼子さんが絡む接見室の場面。現場で見ても、モニターで見ても、渡さんはそこにいるだけで、存在感がある。米倉さんもそんな渡さんの存在感に一歩も引かぬ芝居で、油が乗った和泉さんの演出の下、重厚な収録を堪能した。
 「久しぶり。元気してる?」
 収録の合間に親しげに話しかけてくれる渡さんの変わらぬ気遣いが、人間としてステキだ。
 コマサこと石原プロの小林専務が渡さんの傍らにデンと鎮座している光景もなんだか懐かしかった。
 石原プロ、映画を作らないのかなあ…。

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2008年03月22日

『脚本づくり』

 映画の脚本づくりがが佳境になっている。
 一つの脚本は村上修さんと、もう一本は国井桂さんとやっている。両方とも原作ものではなくオリジナルなので大変だ。大変だけれど、その反面、やりがいもある。
 まだ企画開発の段階なので、公表ができない。それは、企画の守秘性に依る要素が大きいが、もう一方で、進めている側からすると、
——本当に実現できるか?
 という現実とが常に背中合わせにある、という要素が大きいと思う。
 映画の実現は難しい。いくつもの越えなければならない高いハードルがある。原作が良いから、企画が面白いからと言って簡単に映画製作が実現するわけではない。ビジネスとしてどうマーケットで展開して行くかの勝算が非常に重要だ。しかし、テレビが「視聴率、視聴率」と視聴率一辺倒になってしまうのがどうかと思うように、映画に関しても、「興行、興行」と興行成績一辺倒になるのもどんなものか。
 とは言え、テレビ以上にそれが要求されて当然なのは、映画の場合、お客さんが来なければ、ビジネスが成たたない――という厳しい現実が直ぐ後ろに控えているからである。
 勿論、ヒットしないと思って映画を作る人は誰もいないだろう。
 皆、そこそこの観客は集客できる、と思って作っているのだ。
 しかし、思惑通りの興行成績を残せる作品は何本あるのだろう? 恐らく一割にも満たないのではないかと思う。
 それでも、その一割に入る為には、やはり、「良い脚本ありき」がスタートだと信じている。
 だから、今日もこれから深夜まで……村上さんとホンの打ち合わせです。

『春先の三浦海岸で』
 あともう少しで桜の開花宣言が東京に出るだろうという先日のこと、三浦海岸で楽しい週末を過ごしました。
 法政大学文学部教授の金原瑞人先生の小説創作ゼミにオブザーバーとして参加したのです。志満祐大君という金原先生のゼミの卒業生を通して知己を得ながら、一度もお会いすることなく今日まできていました。
 これまでに昨年2度チャンスがありながら、ギリギリになってどうしても抜けられない仕事が入ってしまって、2度ともキャンセルせざるを得なくなってしまいました。正に、<三度目の正直>でした。

 三浦海岸駅から徒歩10分の小高くなった場所に法政大学のセミナーハウスがありました。
 午後3時頃でしたでしょうか。全員集合です。
  参加者、20名。現役学生13名、卒ゼミ生3名、高校生1名、外部の人1名、ゲスト1名——このゲストというのが私です。
        *        *         *
 既に何作かの作品は数日前に手渡されていて、まだ読んでいない人の為に、2時間後に合評会をやることになる。
 新たに受けとった原稿を手に自室に戻ると、しばしの時間,隣室の金原先生と懇談する。
 私のプロデュース・フィルモグラフィーを見て、
「増田さん、伊達一行はどうしていますかねえ…」
 金原先生がおっしゃった。
 私の初期の作品『沙耶のいる透視図』をご覧になり、とても印象に残っているとのこと。あの映画が高樹沙耶のデビュー作でもあり、また現在『相棒』を監督している和泉聖治さんとの最初のコンビ作品でもあった。すばる新人賞を受賞した標題小説の原作者が伊達一行さんだった。脚本は現在監督としても活躍している石井隆さんで、音楽は一柳トシ(漢字が見つからない)さん…蒼々たるメンバーだった。そんなこんなで金原先生としばしの映画談義。
 そして、夕刻からの、合評会→夕食→合評会→飲み会…と続いたがとても楽しかった。何よりも、学生達に混じって私自身が40年前にタイムスリップしたような気分で彼らの合評を傍聴させてもらった。
 各作品ごとに各人が批評、感想を述べるのだが、先生が最後に私に必ず振るので、傍聴だけのつもりだった私も仲間に加わって感想を述べた。
何よりも驚いたのは、皆がかなりの筆力を持っていて、それなりの作品に仕上がっていること。そして、金原先生の誠実な指導方法のすばらしさ。ああいう先生の下で文学の授業を受けている学生はなんと幸せなことか。
 夜には、ビール、焼酎を飲みながら、先生のリクエストで60年代、まだ$1=¥360の頃の私の世界放浪旅の話しなどをする。
 翌朝からまた合評会があるというのに、若者たちに深夜3時頃までつき合ってしまう。彼らは5時までワイワイやっていたとのこと、それが翌朝、8時の朝食時にはすっきりした顔で食卓につき、旺盛な食欲を披露する。
 若いって素晴らしい! 

2日目はかねてからの約束があり、正午までの行事に参加し、一路東京へ。
三浦半島の東側を右手に海を見ながら車を走らせる。天気はピーカンで赤江はなった窓からの潮風が心地よい。
 横浜—横須賀道路に入る前に食べたマグロ丼も美味しかった。
 ――又,来年も参加させてもらおう!

 

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2008年02月24日

『映画、演劇鑑賞ほか』

映画『ヒトラーの贋札』『結婚しようよ』『陰日向に咲く』『明日への遺言』『チームバチスタの栄光』『Kids』『泪壺』…etc. 先週、今週と可成りの本数の映画を観ました。演劇『山本周五郎の妻』(丸ビルホール)。寄席『立川談四楼・独演会』(北沢八幡)にも行きました。
 これだけ続けて映画を観ると、その各々の映画に関して論評する気にはならず、つくづく映画評論家といのは大変エネルギーの要る職業だなあ、と普段何気なく接している映画評論家の方々に妙なリスペクトが生まれました。
 でも、『ヒトラーの贋札』はよかった…。
             ○          ○
 毎偶数月の15日の開催される立川談四楼さんの北沢八幡寄席は、昨年の10月、12月と2回欠席したため、半年振りの出席。「井戸の茶碗」ほか一席で久しぶりに談四楼さんの世界を堪能する。談四楼さんの高座には、昨今の落語家に失われつつある、今流にいうと「口座の品格」がある。
 まだ、談四楼さんの高座体験が無い方は、偶数月の15日に是非下北沢の北沢八幡にお出かけ下さい。狭い会場で談四楼さんの落語を聴くと、何か大きな得をした気になりますよ!
 毎回ゲストがユニークなのもお楽しみだ。
 今回のゲストは琵琶の川嶋信子さん。余り馴染みがない琵琶だが、こうして身近に接すると、その独得の音色と川嶋さんの語りに魅せられてしまった。何よりも魅きつけられるのは、典型的な日本美人の川嶋さんが着こなしている着物姿。そんな川嶋さんが、ひた向きに琵琶を広めようとしている姿勢は、誰もが応援したくなる。
 「まだまだ未熟なわたくしですが、琵琶の魅力を一人でも多くの方に伝えるためコツコツ活動しております。」
 といただいたメールの控えめな文面にまたまた感激する。
 頑張れ!川嶋さん!
            ○          ○
 小松與志子作、五大路子主演、横浜夢座公演『山本周五郎の妻』。
 山本周五郎の信奉者でもある私としては、是非にも見たい芝居だったが、友人の小松さんからお誘いに、嬉々としてご招待にあずかる。
 小松さんの脚本と五大さんの芝居の素晴らしさは言うまでもないのですが、周五郎の人となりをみるだけでなく、戦後のある時代の小説界、出版界の様子を垣間みることもできて、とても貴重な観劇でした。敗戦から抜け出ようとする新しい日本社会の文壇の良き時代、を感じました。
 隣席の翻訳家・演劇評論家の小田島雄志さんとも、後列席の脚本家石森史朗とも久しぶりにお会いし、歓談することができて思わぬプレゼントをいただいた気になりました。
 それよりもなによりも、語り部役の「大河原」という編集者が登場してきた時には、なぜか「もしかしたら?」と妙な予感がしました。そうしたら、やはりその役は、文芸春秋編集者の大河原英興さんのことでした。
 大河原さんは、今からもう40年前に、旅行月刊誌に連載していた私の世界旅行記をお読みになり、
「貴方、小説を書く気はありませんか?その気があるなら、私が指導しますから」
 とお声をかけてきて下さった編集者でした。たしか、『文学界』の編集長をなさっていました。当時、私はまだ大学生。小説を書く――などということは、想像もできないことで、
「お話は有り難いのですが…」
 とご辞退申し上げました。しかし、後年、映画演劇の脚本を書いたり、小説はじめ何冊かの著作物を上梓するようになってから、
———もしかして、あの時,大河原さんの声かけに乗っかっていたとしたら?
 と考えたりもしたものです。
 脚本家の小松さんの話しによると、今回の芝居の誕生は、大河原さんが語った周五郎の後妻“きん”の話しが、発端だったとか。
 この芝居で私も40年前の学生時代に一瞬タイムスリップすることができました。

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2008年01月07日

『新年を迎えて』

 2008年を迎えて、もう一週間が過ぎてしまいます。
 ここ何十年間で珍しく、家で読書とテレビ放送を満喫する正月でした。箱根駅伝なぞ、あれだけ堪能したのは初めてのことでした。
 その合間に3回あった新年会もなぜかリラックスして過ごした正月でした。

 今年の年賀状に、
     この一年間に、「デイドリーム・ビリーバー」「団塊、再起動。」
     「サンタクロースに会いました」という三種三様の本を書きました。
     そんな私に、皆さんからのお叱りもあり、今年からは“リブート
     (再起動)”し、本業の映画製作に専心します。
 という一文を添えました。

 その通り、連日映画の脚本作りに精を出しています。
 現在仕掛けていることの形が見えてくるのは春先になってしまうかと思いますが、応援して下さる皆さんに吉報を届けたいと思っています。

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2007年12月28日

『日刊スポーツ映画賞/石原裕次郎賞』

 暮れも押し詰まった12月28日。日刊スポーツ映画賞/石原裕次郎賞に出席する。なぜこんな年の瀬に授賞式を開催するかというと、裕次郎さんの誕生日が12月28日だから。ついこの間始まった映画賞のような気がしていたが、もう今年で20回目だという。
 主催の日刊スポーツ新聞社社長、川田員之さんとはある趣味の会を通じて公私共々仲間でありお世話になっている。会場入口に他の役員の方々と並んだタキシード姿の川田さん−−いつもより感慨深げにお見受けした。これも20年間の積み上げてきた歴史がもたらしたものか。
 今年は、作品賞『武士の一分』 監督賞:周防正行『それでもボクはやってない』
     主演男優賞:木村拓哉 主演女優賞:竹内結子
 「それでもボクはやっていない」は良かった。周防さんの11年間の休息は無駄でなかった。映画のできもいいけれど、それ以上に、ああいう傾向の、ああいう性質の映画が、観客に支持され、評価もされるというのをみると、日本映画にもまだまだ希望がある気がする。キムタク人気に支えられたとはいえ、『武士の一分』に関しても同様のことが言える。
 周防監督と会場で、久しぶりに顔を合わせる。『シコふんじゃった』と『Shall we ダンス?』との間で、監督とは一本一緒にやろうとして流れてしまった作品があった。あれももう20年前の出来事になる。お互いにまだ30代、二人共髪の毛が薄くなった。

 実はこの二日前の26日の業界通信に、私が東映とプロデューサー契約をした--と報じられ(これは事実なのですが)たことがあり、皆さんから、顔が合うとその話しになる。
「2週間ほど前に噂を聞いてはいたんだけど…」
「どういう形でやるんですか?」
「今、動いている企画はどうするんですか?」
 別の邦画メジャー会社の某氏からは、冗談混じりに、笑顔で、
「今度はライバルになるじゃないですか」と。
 でも、映画会社の人、俳優プロダクションの人そして、映画記者、評論家などのマスコミ関係者も、皆、「頑張って下さいね」と好感もってこの報を受けてくれているのが嬉しかった。
 この一件もまだ公表できる段階ではなかったので、これまでは書けなかったのですが、年明けのブログでゆっくりと書かせてもらいます。

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2007年12月16日

『December Boys』『裕次郎』『YAZAWA』

 約束の合間に、丁度番組上映時間が合ったので以前から気になっていた『ディセンバー・ボーイズ』を観る。
 タイトルとポスターから、ムム 多分、俺のスキなタイプの青春映画。
 と思っていたのだが、見るまでオーストラリア映画だとは思わなかった。
 思わぬ拾いモノをして、得をした感じがした。
 でも、こういう映画を日本で作ったとして、どういうマーケットで出せるのか、やはり限られてしまうのかな…と思った。
 『椿三十郎』『続・三丁目の夕日』『ミッドナイト・イーグル』『てれすこ』……そんな日本映画を一通り見てみたが、感想は複雑。
 ヒットするというのはどういう要素が必要なのか---本当に映画を当てるのは難しい。
          ○          ○
 NHKのプレミアム10で、石原裕次郎を1時間30分。
 没後20年。
 やはり裕次郎さんは今見ても偉大だった、そう思うのは個人的な憧憬のせいなのだろうか? いや、決してそうでない。その証拠に、没後20年経ってもNHKがあんな番組を制作するくらいだから。
         ○         ○
 矢沢永吉武道館100回記念ライブを観る。
 YAZAWAも凄い。
 僕が30年近く前に作ったドキュメンタリー映画『RUN & RUN』の頃と、変わっているが、変わっていない。太い幹と根部分は変わらずに、真っ直ぐ空に向かってに伸びている。自分の生き方、音楽に迷わず、ブレずに。そして、どんどん新芽を誕生させながら、枝葉の部分は常に成長している。やはり、努力と挑戦を繰り返しているから、現在の永ちゃんがあるのだろうと改めて思う。
 昔、永ちゃんファンだったが今は嫌いというファンは皆無に等しいが、昔は余り好きではなかったが今は好き---というファンは多いのだから。
 もう彼の音楽がどうこうということでなく、<YAZAWAの生き方>の魅力のだろう。
 1万人の30代、40代、50代のいい歳をした大人が、YAZAWAタオルを肩にかけ、盛んに「永ちゃんコール」をする様には唖然とするし、こんなアーティストは他にいない。

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2007年12月03日

『サンタクロースに会いました』

 忙しさと怠惰の中で ブログを書くことが頭からぶっ飛んでいて、ずるずるとしていたら、もう12月になってしまいました。
 藤沢市の坂本さん、桐生市の日浦さん、八戸市の成田さん、東京の深沢さん……etc、何人もの方から、ブログが止まってしまったことに関して、
「何かあったのですか?」「忙しいのですか?」
 と、電話、メールをいただきました。

 前述の、多忙と怠惰もブログを書けない理由ではありますが、それ以上に大きな原因の一つは、ボクの職業柄のことがあります。つまり、現在進行しているていることでまだ公にはできない仕事上の事柄があるんです。
 「まだ、現在は水面下で」「暫くの間は秘密裏に」ということが。むしろそういうことの方が多いかもしれません。
 そのことを皆さんに話をすると、
「いいじゃないですか。公にできる範囲で書けば」
 という答えが返ってきました。
 しかし、そういうことを避けて書こうとすると、読む側からしたら、少しも面白く(interesting)はない内容になってしまう怖れがあります。よく言われるように、「わさびの効いていない寿司」だったり「武蔵坊弁慶のいない源義経」のようになってしまうような…。
 でも、『無』よりも『有』の精神で、書ける日常の範囲で、また書き始めることにします。
        *        *        *
 とりあえず、現在、私がクリスマスに向けて書いた『サンタクロースに会いました』(ポプラ社)という童話絵本が書店に並んでいますので、是非手に取ってみて下さい。サンタクロースにまつわる心温まるちょっとイイ話しです。
 上野英子さんが可愛らしい絵を書いて下さって、ステキな本に仕上がっています。
 是非、ご笑覧下さい。

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2007年07月07日

『Short Shorts Film Festival』

 小雨の中。
 『Short Shorts Film Festival』のクロージングに顔を出す。
 実行委員長の別所哲也さんの八面六臂の活動振りには敬服の至り。9年かかってここまでもってきた地道な努力は、もちろん多くのスタッフの支えがあってのことだが、それにしても、別所さんの情熱がなければここまでは発展してこない。
 ここで勇気づけられた才能の中からいくつかの才能が、確実に5年後10年の日本映画の中核的存在になっているのではないかと思う。
         *       *      *
NHK「SONGS」矢沢永吉
 先週、今週と2夜に渡ってNHK「SONGS」で矢沢永吉特集を放送した。
 一度チャンネルを合わせると、最後までじっと見入ってしまうのは、世代なのかそれとも、一緒になって映画を作ったお互いに若かった日々に対するノストラジーからだろうか? 
 そんな そんなことよりも、2週続けてみて——永ちゃんはやっぱりイイ。
格好イイ。
 永ちゃんを追いかけたのは1979〜80年にかけてだから、もうすぐ30年近く昔になる。曲作り、リハーサル、コンサート、レコーディング……etc彼の総てを35ミリの映画カメラで追いかけた。山中湖の別荘だけでなく、その撮影は太平洋を渡ってカリフォルニアにまで行った。そうした一年間の及ぶ記録フィルムを使ってできた映画が、『矢沢永吉RUN & RUN』だ。昨年DVD を発売したが、いま見ても良くできたドキュメンタリー映画になっている。
 永ちゃんも若いし、ボクも若かった…。
         *       *      *
選挙プランナー
 東京都知事選・石原陣営の選挙参謀だった選挙プランナーの三浦博史さんと久しぶりに昼食。
 選挙のこと、映画のこと…1時間の予定が、2時間の昼食になってしまった。石原知事の大勝で時の人となった三浦さん、これから、参議院選挙に向けて、さぞかし多忙な7月になることだろう。
        *       *        *
滝沢演舞城
 新橋演舞場で「滝沢演舞城」を観劇。
 百面相あり、空中アクションあり、またプリンセス天功も顔負けの舞台は、総合演出ジャニーさんの独壇場だ。休憩を挟んでの3時間が、あっと言う間に過ぎてしまう。ロビーで会ったジャニーさんはニコニコ笑顔だったが、幕が開き、暗い客席から舞台を見ているジャニーさんの眼は別人のように厳しかった。
 帰り際に、演劇評論家の小田島雄志さんとバッタリ。小田島さんはこういう舞台も観にくるんだ——と妙な感心をする。
 

 
  


 

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2007年06月30日

『六月下旬の日々』

 川崎FMの『岡村洋一のシネマストリート』という番組に出て、映画の話し、
「団塊、再起動。」(ポプラ社)の話しをする。
 ナビゲーターをしている岡村洋一さんは、本職は俳優でボクの作品にも何本か出演していただいたことがある。4、5本は出ていたような気がしていたが、訊いてみると『ナンミン・ロード』『十三階段』の2本だけだという。それは申し訳ない…とお詫びしつつ、久しぶりの再会を冒頭挨拶に、番組が始まる。  
 一本は生放送、一本は収録――というスタイルで2時間半くらいで1時間番組を2本終えてしまうのだから、ちょっとハードだ。しかも殆ど打ち合わせらしいものもなく、ぶっつけ本番で生放送が始まったから、どうなることやら…と思っていたが、まあなんとか終えることができた。
 岡村さんがボクの映画をよく見てくれていて、また「団塊、再起動。」を、しっかり読んでいてくれたので、会話がスムーズだった。
                   ○         ○
 立川志らく作・演出の『ヴェニスの商人』の舞台を観る。
 JR目白駅近くにある小さな劇場で、客席は100くらいだろうか?
 舞台も狭いし、
 ——こういう劇場だと、楽屋などと呼べるようなスペースはほとんど無い  
   だろうから、出演者も大変だろうなあ…。
 かつては演劇プロデュースをやっていた身としては楽屋裏を想像してしまう。
 ——出演者もボランティア出演で、ギャラもろくに支払われていないのだろ
   うなあ…。
 そんなことを気にしながらも、受付スタッフの一生懸命な対応に、好感を感じる雰囲気がある。
 この芝居には、友人の映画監督根本順善監督と、敬愛する立川談四楼師匠が出演していることから、観劇と相成った次第だった。
  『ヴェニスの商人』はこれまでも様々な形で翻案されているが、志らく版も御多本にもれず、大胆に本案されていた。
 正直言って芝居そのものは、とりたててどうこう批評するような代物ではなかったが、随所に演出家「志らく」の才を感じる箇所があった。この人は、こうした活動を5、6年も続けていたら、必ずそちらの分野で成功するだろう、と思う。
 ひと言も台詞を喋らない根本さんは、神様の役で、台詞がない、という「負」を「正」に見事に転換し、きちんと自分の役のおいしいところをさらっていっていた。やはり、プロなのかなあ。
 談四楼師匠は、役どころとして損な役に思えた。芝居でも映画でも、出番の長い、短い、多い少ないではなく、得な役どころと損な役どころ、というのがあるものだが、今回の師匠の「悪徳弁護士」役はちょっと損な気がした。それでも、人柄は誤魔化せないもので、悪徳の中に善を感じさせるところは流石。
                   ○         ○
 『バベル』『クィーン』『恋しくて』『しゃべれどもしゃべれども』……などの映画を見たり、寄席通いをしているうちに一週間は、あっと言う間に去っていく――。途中で読みたい本を読む時間すらない。
 そんな中、一ヶ月振りに、『五木寛之 ふたり塾』に参加する。
 今回のテーマは「恋人」。
 14歳、20歳…と、大きく年齢が異なる恋人たちに嫉妬まじりの眼差しを向けてしまうのは私だけだろうか? どうもそうではなさそうで、大きな年齢差がある若い女性を恋人に持つ男性には、必ずや羨望と嫉妬の視線が浴びせられるようだ。
                   ○         ○
 そんな忙しい月間だった6月の締めは、ニッポン放送、テリー伊藤『のってけラジオ』
 十年振りのゲスト出演で、アシスタントの林家たい平さんは、前回の時はいなかった。
 ここでも、「団塊、再起動。」の本の話しが中心。そう、この本のプロモーションで出演しているのだから、当然と言えば当然です。
 でもやがては映画の話しになる。
 そして、別れ際には、
 「ボクも映画やりたいので、その時はよろしく」
 と、テリーさん。
 
 梅雨とは言え、東京は真夏日。明日からもう7月。
 来週からは、少し急ぎ気味に、明石監督と、映画の懸案事項を進めなければ!

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2007年06月07日

『同級会』と『フォーラム』

 35年振りの高校同級会の為に『五木寛之ふたり塾』を初めて欠席。
 五木さんと「皆勤」を約束していただけに残念。箱根に向かうロマンスカーの出発時間まで時間があるので、五木さんと始まる前に少しでもお話できたらと会場のポプラ社に顔を出す。
「気にしないで楽しんできて下さい」と五木さん。
「一応顔は出したのですから、欠席ではなく、早退扱いですね」と私。
 箱根からロマンスカーで一路箱根へ――。
 早大高等学院でクラス替えが無かった三年間の同級生なので、単なる同級会とはワケが違う。そして、全員大学も同じだし、その内の1/3は学部まで一緒だ。同級生50人の内、物故者が4名。生存者46名のうち、36名が出席というのだから驚きだ。
 行方不明だったのが一週間前に北海道にいるのが判明し、急遽駆けつけたヤツもいれば、九州からのヤツも。40年の間時々何かで会っていたヤツもいるが、40年振り――というヤツもいる。
 こんな話しをしているとキリがないのでいい加減で止めるが、高校時代に戻るのに5分と必要としなかった。
  皆、還暦を迎え、既に完全リタイア組も5、6人いる。上場企業の社長、重役。大学学長、大学教授。中小企業経営者。公認会計士……多士済々の顔ぶれだが、結構みな堅い職業で、あまりはみ出し人間がいなかった。
 翌日、大湧谷に行き、小学生時代以来の硫黄茹での黒い卵を食べる。辺り一面に漂う硫黄の匂いが、小学校の遠足を思い出させた。
                    ○          ○
 『四国へんろ道文化を世界遺産に』という運動のフォーラムが吉祥寺前進座で開催された。
 これは、昨年暮れから正月にかけて、藤本ヨガの合宿で滞在した、四国・今治にある仙遊寺の小山田憲正住職が十年前から提唱している運動だ。
 私もパネリストの一人として参加した。
 私は一度のへんろ体験がない。そんな私がそんなフォーラムに参加する資格があるのだろうか。はなはだ疑問に思っていたのだが、小山田住職と代表世話人・武田信之のお人柄で、ついつい引き受けてしまった。
 フォーラムは立ち見が出るほど盛況だった「夢へんろ〜どんな時も希望をすてず〜」というみかん一座のミュージカルの後に行われたが、150名近くの聴衆が最後まで熱心に関心を示してくれたのには感動した。
 パネリストも(元朝日新聞論説委員の辰濃和男さん、NHKドラマ・チーフプロデューサーの鈴木圭さん、瞽女(ゴゼ)三味線の月岡祐紀子さん、みかん一座座長の戒田節子さん…それに、私……とユニークな方々で、気持ちよいフォーラムでした。
 「四国へんろ道文化」「世界遺産」――で検索すると、沢山の情報、案内が出ていますから、是非一度検索してみて下さい。

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2007年05月21日

『幾つかの、ある日の出来事』

ラジオニッポン『杉紀彦のラジオ村』収録。
 杉紀彦さんとお会いするのも久しぶり――昨年夏の石原裕次郎邸での20回忌の法要依頼だ。今回は『団塊、再起動。』(ポプラ社)の宣伝をしていただく、という目的がある。30分のゲスト出演だが、何も打ち合わせせずのいきなり本番なのでちょっぴり心配していたが、杉さんが『団塊、再起動。』をしっかりと読んで下さっていたので、話しはスムーズに展開し、心配は杞憂に終った。仕事というより、久しぶりに会った友人と近況を報告し合ったような気分だった。さすがは名ホスト杉紀彦さん。
                     ○              ○
 日刊ゲンダイの取材。
 これも事前に何のインフォメーションもなかったのだが、編集者の○○さんが「団塊」と「再起動」をよく勉強してくれていてスンナリの一時間だった。
「リブート/再起動」という言葉が少しずつひとり歩きし始めているのを感じる。色々な機会に「再起動」を目にすることが多い。
 ラジオ、雑誌の取材依頼も数本きているし、「あの男、再起動」というキャッチコピーの『ダイハード4』も宣伝が始まった。
 そして――私も、Rebootingの真最中だ。
                     ○              ○
 神戸フィルムコミッションの田中まこさん――が、日帰り訪京中の忙しい中を来社してくれた。
 秋に撮影予定の映画のことで、村山プロデューサーが調査依頼していた案件の報告と打ち合わせだった。相変わらず活発で、精力的に行動している魅力的な女性のまこさんだが、何よりもその根幹に「映画が好き」ということが、ずっしりとあるのがいい。
                     ○              ○

 コメディーミュージカル『LUV』(ル・テアトル銀座)、前進座恒例国立劇場公演歌舞伎、などを観劇する。
 『LUV』は久しぶりに観る高橋おさむさんの演出。安寿ミラさんがステキだった。劇場で演出家の青井陽二さんとバッタリ。丁度持ち合わせていた著書『団塊、再起動』を贈呈すると。
「僕もまさに団塊ですから――」
 と人なつこい顔で笑った。
 前進座歌舞伎。今回の演目は歌舞伎十八番『毛抜』と、新歌舞伎『新門辰五郎』。前進座の舞台は、日本人の心情を実によく捉えている、と改めて感じた。それに、加えて心底思ったこと。やはり時々は歌舞伎の世界に浸るのはいい。一時的にせよ、心身共にが幽玄の世界に浸っている安らぎがある。
 
 それよりも何よりも、最高に嬉しかったのは、西田シャトナーさん。その存在をご存知の方は少ないかもしれないが、僕は『惑星ピスタチオ』の、なにを隠そう、大ファンだった。惑星ピスタチオを解散して以来、何年振りの東京公演なのだろう。5年、6年振り?
 シアタートップスで、題名は『感じわる大陸』
 原田大二郎さんが
「オレも観たい」
 というので、一緒に観劇することになる。
 以前に公演していた「シアター・アップル」に較べると、可成り小振りの小屋だが、観客層は以前と変わらない。スタッフの登紀子さんもまだシャトナーさんと一潮に活動しているのが何故か嬉しかった。
 米国大陸発見のコロンブスにまつわる島に取り残された船員たちの話しだが、発想の源がいかにも西田シャトナー。腹筋善之介がいないのは少し淋しかったがそれでも久しぶりにシャトナーワールドを満喫。西田シャトナー健在。彼も再起動(リブート)を開始したようだ。
 シャトナーさん、頑張って下さい! また楽しい舞台を見せて下さい!

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2007年05月07日

『ゴールデン・ウィーク』

『五木寛之ふたり塾』も早や四回目。
午前中に、たっぷり二時間のヨガを終えてから、会場のポプラ社に駆けつける。
「増田さん、皆勤賞だね!」
 五木さんが僕の顔を見るなり、愛好を崩しておっしゃった。
「今年一杯続いたら、ご褒美を下さいね!」
僕も、軽口をたたく。
 今回のテーマは「親子」。これまで通り、10組のカップルが選抜されて参加している。
 五木さんは優しい。
 熱烈な五木ファンが応募してくるわけだが、参加者の中にはあこがれの五木さんに会い、ここぞとばかりに自分のことだけを熱心に話したりする人もいる。そんな人の長い言に対して、不満な表情も見せず、にこやかにじっと聞いている。そして、最終的には参加者全員が満足するようにティーチインを締めくくる。
見事なナビゲーターぶりだ。
             ○           ○
 演目二題。
 扉座『ドリル魂』(作・演出:横内謙介)
 『まつさおな』(脚本・演出:成井豊+真柴あずさ)。

 二作品とも20代の演劇ファンを中心に盛況だった。もう、安定した固定ファンがいる。
 『ドリル魂』は扉座初のミュージカル。『まつさおな』はキャラメルボックスでは珍しい時代物――とちょっと異色の作品だったが、それぞれ劇団カラーを生かした作品で、とてもとても面白かった。長年地道にやってきた演劇集団の円熟味を感じる出来栄えだ。とても良い気持ちで劇場を後にできることは、観劇後の幸せなひと時。
             ○           ○
 GW最終日は、明石監督と大阪まで飛んだ。
 大阪城ホールでの関西ジャニーズJr.の公演を観るため。目的は、ジュニアメンバーの中から次回作の映画へのキャスティング候補を見つけること。やはり、層が厚い。150人くらいはいるだろうか。ホール内の隅々まで舞台化したステージで、所狭しと少年達が歌い、踊る。その躍動感は
既にそれを失っている僕たち世代には羨ましいし、とても心地よい。
 僕は、事務所の第一号タレントだったジャニーズの頃から、事務所、メリーさん、ジャニーさんとおつきあいがある数少ない人間だと思うのだが、ジャニーズ事務所40年の歴史の中で、間違いなく現在が最も隆盛期だろう。
 ジャニーさんとは本当に久しぶりに、RHからステージ終了まで、一緒にいてお話をした。
 子供たちの活躍するステージを見ているジャニーさんは心底楽しそうだし、彼らの一挙手一動を厳しい目でチェックする。やはり、エンターテインメントが好きなんですね。ステージがうまく展開し、観客席から満足げなリアクションが返ってくると、実に嬉しそうな笑顔を見せる。
 『Shock !』『少年隊/青山劇場』『滝沢演舞城』……と売れっ子タレントの舞台は毎年かなり見ているが、ジュニアメンバーのステージを観るのは少なくとも10年振り以上だ。だから、とても新鮮だったし、スターになる前の少年達の一生懸命さが純朴さになり、とても良かった。
  
 公演終了時間の関係で、最初から帰京は新幹線を予定していた。GW最終日とあって、新大阪駅は大混雑。それでも、一ケ月前に予約してあったので、僕たちは無事に居眠りしながら帰京できた。

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2007年04月29日

『J-WAVE別所哲也 & ロッキー』

別所哲也さんと久しぶりに会った、昨年7月にビールを飲み、焼き肉を食いながらかなり深夜まで映画談義をして以来だ。彼がナビゲーターを務める、FM J-WAVEの番組『GOOD MORNING TOKYO』にゲストとして招んでくれたのだ。
 別所さんは僕がプロデュースした映画では、『メッセンジャー』と『13階段』に出演していただいている。端正なマスクと長身、そして慶応ボーイで、大学時代にESSで磨いた英語力は俳優さんの中でもトップクラスだと思う。特に近年、舞台での活躍も目覚ましいものがある。しかし、彼がもっと凄いのは、表方の俳優として以上に、裏方のプロデューサーとしての能力だ。ここ数年定着してきた『ショートショート・フィルムフェスティバル(SSFF)』を押し進めてきたのは他ならぬ別所さんだ。俳優さんだから名前貸しのプロデューサーに終りがちだが、このSSFFは違う。別所さん自身が資金集めから運営まで、中心になって活動している。

 朝7時半の入り。少々早いが、快晴の六本木ヒルズで、眼下に街を見下ろす高層階のスタジオは気持ちがいい。
 二人で映画の事を話し出したら、10分間の予定が15分近くなってしまった。でも、終ってしまったら、生放送だからどうしようもない。ディレクターの谷崎さん困っただろうなあ…と終了後にお詫びをしたら、
「いや、二人が弾んでとてもよかったから、いいですよ」
と、優しい言葉が返ってきて「ホッ」。
 『団塊、再起動』の宣伝もたっぷりさせていただいた。
 今年九回目になる別所さんプロデュースのSSFFも、成功しますように!
           ○        ○

『ロッキー ザ ファイナル』を観る。
僕は、映画『ロッキー』が大好きで、これまでのロッキー・シリーズは総て待ち切れずに公開前に観て、更に公開後の早々に劇場で観る――というパターンだったのだが、今回は、公開後一週間以上も経ってからの初観劇だった。
 やはり、『ロッキー』はいい! 理屈抜きで、いい。
 ひと言でいうと、観る人を元気にしてくれるのがいい。良い意味での典型的なアメリカ映画だ。
 60歳でリングに上がるロッキー。これは正しく私が書いた本『団塊、再起動。』に通じる「再起動(リブート)」だ。
 そして、僕もロッキーと同じ60歳。
 ロッキーのように格好良くはいかないが、負けずに再起動したいと思う。
 若い人たちもだが、特に、中高年世代には必見の映画。

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2007年04月22日

『男性合唱団SAMURAI』

いつもより早くすっかり春の陽気になり、もうこのまま初夏を迎えるのでは、と思っていたら、また冬に逆戻りのような日がありました。九州でこの時期に雪が降るなんて…。でも、昨日、今日はポカポカ陽気で確実に季節は移っています。

 そんな春の昼下がりの日曜日、伊勢谷宣仁さん主宰のオペラ季節館協力による「男合唱団SAMURAI Chorus Show」に行ってきました。友人の深沢さん夫妻と一緒に、会場の相模原にある「杜のホール」に向かう車窓からは、鮮やかなピンク色の八重桜が至るところで目につきました。
「サムライ」は昨年7月に結成したばかりのアマチュア合唱団です。なんで、私がその存在を知ったか、何で私が伊勢谷さんと知り合ったかというと、『団塊、再起動』(ポプラ社)の取材を通してです。つまり、リタイア後の再起動の好例として、とりあげたかったのです。(これは、実際伊勢谷さんの活動を本文中に取りあげてあります)
 オペラ歌手、新南田ゆりさん、東浩市さんの歌唱に見せられると同時に、素人が短期間でこんなに上手になるものか――と驚きました。
 何よりも、最も印象的だったのは、素人の人たちをまとめながら、構成・演出の伊勢谷さんが、プロデューサーも舞台監督も兼ねて、会場を八面六臂の活躍で走り回っていたことでした。入場料と会場のキャパシティを考えても、とても儲かるとは思えません。結局、好きだから、そして、舞台に立ったアマチュアの人たちの活き活き輝いた顔を見ることで感じる「歓び」故になのだろう、と思いました。 

 さて、嬉しいことに『団塊、再起動。』(ポプラ社)も確実に注目されているようです。4月18日の東京新聞の全五段広告は、「迫力ありましたね!」何人かの方から電話、メールをいただきました。以下に、その広告を添付しておきます。
再起動東京新聞記事解像30.JPG

東京新聞だけでなく読売、毎日、聖教各新聞で紹介されたり、広告があったりで、存在が知れてきたのだと思います。出版社も力を入れてきて、これからも広告を載せる媒体を考えてくれています。
 まだ、お読みでない方は、どうぞ、ご笑覧下さい。

4月27(金)AM8:15-8:30に、FM J-WAVE の生放送で、映画について、「再起動」について語ることになっています。ナビゲーターの別所哲也さんに、久しぶりにお会いするのも楽しみです。

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2007年04月13日

『執筆と映画製作』

東京都知事選、石原慎太郎さんの圧勝でした。
 選挙参謀だった三浦博史さんが、
「私は増田さんの『団塊、再起動。』を読んで感動し、都知事選で石原知事のキャッチコピーに『東京 再起動』を提言しました」
と発言してくれています。
 そして、少し私の著書『団塊、再起動』(ポプラ社)が注目され始めたようです。
 4月12日発売の週刊新潮に立川談四楼師匠が、温かい書評も書いて下さいました。4月20日公開の映画『ロッキー・ザ・ファイナル』でも、ロッキーは60歳で再起動のリングに立ちますし、夏公開の『ダイハード4』でもキャッチコピーは「あの男、再起動」です。

 しかし――皆さんから、「映画製作はどうなっているの?」
 と、お叱りに近い声が寄せられます。
 自分でも分かっているのですが、なかなか思い通りに進まないのが現状です。
 「本を書きませんか?」
 という話しもいくつかいただいているのですが、これから暫くの間は、執筆活動はお休みして、本来の仕事である映画製作に邁進するつもりでいます。
 私を応援してくれる方々と、私についてきてくれているスタッフの方々の為にもそうしなければいけない、と肝に命じました。そして、何よりも、自分自身のために――。
 『団塊、再起動。』を上梓したことで、ひとつの区切りもできたという気がしています。そうした私の心境も、この本の中に書かれてあります。
 私の再起動がこれから始まりますが、皆さんも『団塊、再起動。』をお読みいただき、ご自身の<再起動(リブート)>を探ってみて下さい。
(最後は結局、本の宣伝になってしまいました。)

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2007年04月01日

『都知事選と再起動』

 今日都知事選もたけなわで、テレビが一斉の候補者を追いかけていました。
 主な4候補者が勢揃いしているのを見て、やはり、石原さんと他の候補者だと「役者の格が違う」と感じました。
 石原さんが『再起動』を掲げていますが、『再起動(リブート)』は現代のキーワードだと思います。昨年来私が考察してきたことが、間違っていなかった気がします。

 昨日、五木寛之さんの『五木寛之 ふたり塾』(ポプラ社主催)の3回目が「友人」というテーマで催されました。終了後、しばし雑談しましたが、『さらば、モスクワ愚連隊』のデビューからずーっとファンでいる私には、七十歳を越えた五木さんの若々しい行動振りには大変嬉しいものがあります。決して意気込まない、自然体の活動姿勢には感服の至りです。

 戦後の社会、文化を考える時、石原慎太郎、五木寛之、というお二人はその代表的な方々というとは疑いようのないことですが、特筆すべきは、お二人とも常に第一線で活躍し続けている――ということなんです。時代は流れますから、四十年、五十年という長い年月を第一線で続けるということは余程非凡な才がなければできないことです。
 このお二人の生年月日が昭和7年の同年同月日、ということも何か因縁めいた気がしないでもありません。そして、『太陽の季節』の石原さん、『白夜の季節』の五木さん。そのイメージが好対照なのも興味深いものがあります。

 私の新著書『団塊、再起動。』(ポプラ社)が今週から書店に出始める予定です。大量初版ではありませんから、どこまでの書店に並ぶか分かりませんが、見当たらない場合には恐れ入りますが、お尋ね下さるようお願いします。

 『風を見た少年』でお世話になり、それ以来「同志」である、日立マクセルの糟谷さんから、メールをいただきました。
『デイドリーム・ビリーバー』『団塊、再起動。』などの出版もいいが、映画製作はどうなっているのか――と。
 そうおっしゃる方々が多いので、私も意を新たにしています。
 現在開発中でいいところまでいっているのですが、最終的には配給問題が常につきまとってきます。なんせ、大量の作品がオクラになってしまう映画興行界ですから。

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2007年03月16日

『団塊、再起動(リブート)。』—Reboot Your Life—

 4月2日(月)刊行予定の本『団塊、再起動。』(ポプラ社)の原稿がようやく校了しました。
 これは昨年出版した『デイドリーム・ビリーバー』と違い小説ではありません。団塊世代へ向けてのメッセージ本です。昨年秋に編集者から、2007 年の団塊世代の大量退職年スタートに向けて依頼されていたものです。
 日本では、団塊世代の退職後の第二の人生について、「リセットをして――」的な、リセット(Reset)ということが提唱されています。しかし、この用語は正しくありません。米国にも勿論団塊世代に該当するBaby Boomersと呼ばれている世代がいるわけで、彼らの第二の人生に関しては、“Reboot(リブート)”という言葉が提唱されています。“Reboot(リブート)”というのは日本語でいうと「再起動」。コンピューター用語からきています。
 「リセット」というのは、過去のデーターをなくして白紙でスタートする――つまり初期化してしまう、ということですが、これは60歳にならんとする団塊世代には相応しくありません。「リブート(再起動)」は、過去のデータを残したままそれらを活かしてスタートしましょう――ということで、豊富な経験を蓄積している団塊世代」に相応しいです。
 
 私自身も還暦を迎え、大きな節目の再起動の時期を迎えています。
 これからの『再起動人生(リブートライフ)』はどういう人生になるのか?
 新しい自分探しの始まり、のような気がしています。
 『再起動 Reboot(リブート) 』『再起動人生Reboot Life(リブートライフ)』というのは2007年問題を迎える日本を象徴する言葉であり、今年の流行語になるくらい、時代を語る言葉ではないかと思っています。
 これは、団塊世代に限ったことではなく若い世代も読んでもらいたい本です。

 なんだか作家業が続き、「映画はどうなっているの?」とよく言われますし、自分でも「いかんなあ」と思うのですが、映画表現とは異なる活字表現の良さも大いにあるのを感じています。
 でも、映画製作もスタート直前ですから。

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2007年03月03日

『またまた、怠慢——』

またまた、怠慢——。
 ちょっと忙しさにかまけていると、ブログが止まってしまいます。
 脚本作りとか原稿締め切りとかに追われると、ついつい忘れてしまい、気 
がついたらもう三月です。

 一年がかりだったアニメーション企画が固まり、キャラクター作りがスタートしています。まだまだこれも製作に一年間かかるので、先の長い話しですが、『風を見た少年』のアニメーションで、座組も決まりましたし、ようやくレールに乗った、という感じです。
 アニメーションって、製作中に天候の心配はする必要がないし、俳優のスケジュールでやきもきすることはないし…そういう点では実写映画で年中抱えるようなストレスが溜ることはありません。一方で、画が上がらない、間に合わない、というやきもきは出てくるのでしょうが…。

 実写映画も時間がかかっています。
 日本映画が、「好調だ。好調だ」と言われている裏で、昨年だけでも約100本の作品がオクラになっているという厳しい現実を考えると、慎重にならざるを得ません。

 雑件。
 遅ればせながら――『不都合な真実』。
 よかったですね。ああいう映画が製作され、マーケットに出て、受け入れられる……という映画環境に、「世の中、まだ捨てたものではない」という気になるし、「映画のチカラ」を感じます。

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2007年01月18日

『新年会&五木寛之さんとの再会』

ある新年会 
 私含めて8名の映画プロデューサー連中で新年会食をしました。場所は、四谷4丁目にあるレストラン『スペッキオ』。大間マグロのカルパッチョ、メインの魚料理が北海道のタラ、肉料理がカナダ産のイノシシ――。高級シャンパン、ワインが絡んでリッチなディナーになりました。
 小説大賞をはじめポプラ社作品の映画化を率先して進めようというプロデューサー・グループですが、昨年は実現化まで至りませんでしたが、「今年は第2回小説大賞も含めて拍車をかけて行きましょう!」という主旨でした。
 現在トムスと共に進めているポプラ社原作絵本のアニメーション映画も、チームで進めている実写映画も、今年はなんとか実現できそうです。
 冒頭はポプラ社の坂井社長、奥村取締役も加わってしばしの出版、映画談義から始まり約二時間半。楽しい会合でした。

五木寛之さんとの再会
 何の気なしに訪れたポプラ社社長室で、偶然五木寛之さんと再会しました。
坂井社長と出版打ち合わせの最中でしたが、私を認めると五木さんはにこやかに手を差し出して下さいました。
 「再会」と言っても、もう17、8年振りになるでしょうか。五木さんがホストをなさっていたラジオの深夜番組にゲストに出演して以来です。
「私の原作をこんなに長い間、持っている人も珍しいんですよ」
 五木さんが苦笑しながら言いました。
 もう三十年も前に私が原作をいただいた『ソフィアの秋』のことです。
「そうおっしゃられるとこの場から逃げ出したくなりますよ」
と、私。
「あなたのことはよく色々な機会に出てきていたんですよ。もうお金とか名前とかでなく、何か気の合った人たちでやりたいと思っていますから、是非一緒にやりましょうよ」
 と相変わらずの優しい眼差しの五木寛之さん。
 既に七十歳を越えている五木さんですが、いつまでも若々しく、『さらば、モスクワ愚連隊』でデビューした頃の青春心は消えていません。
 最初にお会いした私が二十代の時のことから、私が『ソフィアの秋』について書かせていただいた散文のこと、チェコ・プラハの話しから、プルガリアのイコンの話し…三十分くらいの雑談でしたが、「創作する」ということに関する大きな「元気」をいただいた気がしました。
 今年はステキなことができそうです。

 

 

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2007年01月04日

『瀬戸内海を眼下に初日と対面』  

 年末の28日に日刊スポーツ映画大賞、石原裕次郎賞の式典に出席して年末の行事を総て終えると、翌早朝、帰省ラッシュの羽田空港から四国今治市に向かいました。元旦まで3泊4日のヨガ合宿に参加するためです。
 ――何で年末年始の時期に?
 と訊かれそうですが、ここ半年の間引きずったままの腰痛を改善する目的もあるし、ここ二年間ほど密かに進めてきている映画プロジェクトも具体的に動き始めますし、個人的にも新たな出版話しがいくつかありますし……そして何よりも「2007年問題」と取り沙汰される年に、還暦で迎える新年の自身への、気をひき締める、意味合いが大きかったです。
 合宿場所であった仙遊寺は四国霊場八十八ヵ所の中の五十八番目の札所です。
 朝6時に起きて一日2回二時間半のヨガを中心に、瞑想したり、ウォーキングしたり……途中に自由時間は他の参加者と交流したり(これはこれで、皆他業界の人なので新鮮でした)……原稿を書いたり…で、結構充実していました。
 生まれて初めて除夜の鐘をつき、新年の護摩焚きをし、瀬戸内海を挟んだ肌等かな山並みの向こうから昇る初日と対面しました。
 一日夜に帰京すると、二日に親族の集まりがあり、三日には3月出版予定の本の打ち合わせと、シナリオの打ち合わせがありました。早くも動き始めた2007年――どんな年になりますか?

P・S. 年末の19日に母が他界しました。八十八歳の大往生で知人たちの大半は
すでに存命でない為、親族だけで葬儀をとり行いました。
後にそのことを知った多くの方々からご弔意をいただき有り難うございました。
また、この場をお借りして不連絡のお詫びをいたします。

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2006年12月08日

『58歳のパリ=ダカ、チャレンジ——篠塚健次郎』  

 パリから帰国していた篠塚健次郎と30年振りに会いました。
 最初彼と会ったのは1976年——篠塚が最初に走ったアフリカ・サファリラリー。彼は初参戦で6位入賞を果たし、三菱チームが1、2、6位と参加三台が好成績を収め、総合優勝した年でした。
 その年、モントリオールオリンピックが開催され、現職総理大臣の田中角栄がロッキード事件で逮捕され、村上龍の『限りなき透明に近いブルー』が芥川賞を受賞し、『およげ!たいやきクン』、イルカの『なごり雪』、山口百恵の『横須賀ストーリー』が巷に流れていました。
 「フランスではなかなか焼き鳥食う機会がないんですよ」
 そういう篠塚さんの言葉に、新宿西口の高層ビルの中にある焼き鳥屋に入りました。
 今回帰国の目的は来年走るパリ=ダカール・ラリーのスポンサー探しだといいます。たしか今年のパリ=ダカでラリー引退宣言をしたはずです。
 僕がその事をいうと、
 「そうなんだ。そのつもりだったんだけど、僕はやはりラリーから離れられないんだよね。でも、これまでのように優勝は目指さない。ラリーを目一杯楽しもうと思っている。そして、ラリー界にどうお返しをできるのか――僕なりにやってみようと思うんです」
 団塊世代の篠塚の頭には白い髪がチラホラ。しかし、世界中の荒野、サバンナ、砂漠の太陽を浴びてきた日焼けた顔には、まだまだラリードライバーの輝きがあります。
 「久しぶりに、日本酒美味かったですよ」
 そう言って僕の手を強く握ると、コートの襟を立てて,木枯らしが吹き始めたクリスマスデコレーションの夜の街に去って行きました。
 彼は来年もパリ=ダカを完走するでしょう。
 ――来年、パリ=ダカが終って帰国したら、また二人で飲みたいな。
 彼の後ろ姿を見送りながら、ふと思いました。

 
 

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2006年11月27日

『エベレスト大滑降―三浦雄一郎さん』  

先週三浦雄一郎さんの講演会があると聞いて、帝国ホテルに行きました。受付の女性が、
「三浦先生お見えになっていますよ」
と言って、会場横の控え室に案内してくれました。
 6年程前の夕張映画祭でお会いして以来で、その頃三浦さんは70歳のエベレスト登頂挑戦を目標に準備しているところでした。(そういえばあのユニークだった『夕張映画祭』が市の財政破綻から無くなってしまうという―映画人としてとても残念です)
 『60歳からの挑戦』という演題はそんな三浦さんの60歳からの挑戦がテーマでした。エベレストを初め世界七大陸最高峰からのスキー滑降を成し遂げた三浦さんが、ある意味目標を失い、怠惰な日常を送る中、60歳を過ぎて一念発起して70歳のエベレスト登頂を目指す―2007年問題が取り沙汰されている時に団塊世代に向けてのタイムリーな演題でした。
 道路が混んでいて着いたのが講演開始15分前。三浦さんは準備もあるだろうと、挨拶だけして直ぐに会場に入ろうとしたのですが、
「まだ大丈夫ですよ」
 という言葉に、開始5分前まで歓談してしまいました。
 35年も前に三浦さんのエベレスト山頂からのスキー滑降を撮った記録映画『エベレスト大滑降』を携えて、スペインのサンセバスチャン映画祭で一週間日本人二人だけで過ごしたこともあり、昔話に花が咲きました。
 満員の聴衆の中、朴訥な三浦さんの喋りはいかにも自然児らしく、また体験から語られる内容は説得力がありました。
 講演後の三浦さんは両足にそれぞれ3kgの重りをつけ、リュックサックを背負った姿で銀座の雑踏に消えていきました。
 今年還暦を迎えた私にも、大いにお手本になる講演であり、再会でした。

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2006年11月05日

『歩いていい友』ほか  

 今月になって、「ブログが変更されていないですね」「楽しみにしているので新しい事を書いて下さい」「何か(身体に)あったのですか?」という類いの電話を直接、間接的にいただきました。T.E社のO社長、プロデューサーのFさん、カメラマンのMさん、P出版のTさん、新宿G街のLさん……その他、催促とエールを送ってくれた皆さん、有り難うございます。
 10月初旬に『飛鳥Ⅱ』の船中で腰痛が生じ、船旅を終えて下船後レントゲンを撮ったところ、<第五腰椎分離症>と診断されました。現在その治療中ではありますが、ブログを書けない理由にはなりません。ただただ自分の怠慢だけです。
 『エンタの神様』(これ、僕のフェイバリット番組なんです)の魔邪コングのように。「やるぞっ! ハッ、やッぞ!」ということでお許し下さい。

 映画製作の話。
 企画ってキチンとした形が見えるまでははいい加減なことを言えないのでどうしても控えてしまうのですが、それにしてもなかなかアナウンスできず済みません。実写もアニメも幾つか進んでいます。もう少し待って下さい。

 『デイドリーム・ビリーバー』(ポプラ社刊)の話。
 皆さん読んで下さいました? 読書カードを送ってくれた方々、有り難うございます。Amzonのレビューにも数件ありました。
 現在、読者から書評を募集する『ホンヨモ! 企画』で4本の対象図書の内の一つになっています。『ホンヨモ! 企画』でクリックして詳細をご覧下さい。そして、600字ですから応募してみては?
 先週、日刊スポーツの『歩いていい友』というコーナーの取材で葉山の海に行ってきました。
 石原裕次郎燈台を右手海上の見ながら、逗子海岸から→森戸→一色→大浜→長者が崎……とビーチウォークしました。空はピーカン。気持ち良かったです。ここは『デイドリーム・ビリーバー』の舞台でも登場してくる海岸です。この記事は11/2に掲載されました。もっと早くお知らせすればよかったですね。

article3.jpg

 もうすっかり秋です。ゴルフにはいい季節で、今週末にも学生時代仲間のコンペが予定されていたのですが、腰痛を抱え欠席することにしました。
今年はゴルフは諦め治療に専念します。

それではーー
  やるぞっ! ハッ、やッぞ!

 

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2006年09月24日

『立川談四楼独演会』

一週間が過ぎるのが、とても早いです。
 そして、スケジュール表を振り返って見ると、連日多くの様々な人と会い、話していることに驚きます。しかもひとつ、ひとつの会談がみな意義あることとして日々刻まれている――ことが、さらに驚きです。こういうのって、結果として、だらだら意味ない会見や、無駄な時間だった、と思うものが何件かあるはずなのですが、それがないんです。
 そんな毎日なので……というのが、ブログ更新怠慢の言い訳でもあります! 

 そういう多くの人との出会いの中でも、今回は、立川談四楼師匠のことを。
 ボクは実は、落語大好き人間なんです。小学校の頃はラジオで落語を聞くのが好きでした。中学生になると、テレビで寄席番組を観て、年に一度くらいの割合で、父に連れられて新宿末広亭に行ったものです。
 高校に入学して、ヨット部に所属していたボクは、もう一方で、世久須亭品句(せくすていぴんく)、恋瀬家乙女(こいせやおとめ)、河都家蛙(かわずやかえる)…などというユニークな高座名をつけて、落語を楽しんでいる落語研究会(オチケン)の連中が羨ましくてたまりませんでした。

 談四楼師匠との出会いは、三十年来の友人の根本順善監督でした。下北沢で毎偶数月に師匠が開催している落語の会に誘われたのがきっかけです。 
 今月は毎週偶数月に四谷で開催されている独演会に、前述の根本監督と拝聴に行きました。「粗忽長屋」「らくだ」という二本の演し物は非常に聞き応え、また見応えがある講座でした。寄席芸としての落語がテレビ芸化しつつある現代、新しいエンターテインメント・メディアに対して妙な偏見を持たず、かと言って、そういうものに媚びを売ることなく、寄席芸としての落語の神髄を守ろうとしている落語家だと思います。高座終了後のパーティーでの歓談も楽しいものでした。
 その歓談の中で、
「『太平洋の果実/石原裕次郎の下で』(パルコ出版、講談社文庫)は、素晴らしい青春小説です」
 と、何度も言って下さった師匠――ますます好きになってしまいました。
 談四楼師匠のことは改めて、じっくり書かせていただきたいと思います。

 今、石川県の金沢にきています。
 明日から、新装になった『飛鳥Ⅱ』での海上生活。金沢―ウラジオストック―小樽―函館―横浜、という8日間のクルージングの旅です。
 今、抱えている映画製作のことを中心に、東京生活での喧噪から離れ、日本海、オホーツク海の洋上で、色々考えてこよう思います。


 

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2006年09月06日

『デイドリーム・ビリーバー/昭和64年、新宿』  


今日9月6日、僕の処女小説が出版されます。
題名はーー『デイドリーム・ビリーバー』
モンキーズの名曲のタイトルとして知っている人が多いかと思います。
でもこの本題名にはもっと深い意味があるんです。それは本をお読みになれば、皆さん「そういうことだったのか」と理解するでしょう。

これまでも筆名で、何本か映画シナリオや戯曲を書いてきましたし、
石原裕次郎さん関連の著作はありましたが、<小説>は初めてでした。

それぞれ一つの作品を仕上げる難しさはありますが、ボクは脚本、戯曲よりも、小説のほうに困難さを感じました。
バカにするつもりで結構ですから、その苦心の跡を是非お読み下さい。

      ——— * ——— * ———

ポプラ社小説大賞、優秀賞受賞作品を中心に、最終選考に残った候補作品も含めて、Poplar-Premier Projectのプロデューサー10人でその映画化の可能性を探っています。
作品に対する意見、好みは十人十色で、皆さんの意見を聞いていると面白いです。
もしかしたら、その善し悪しから始まって、「ああでももない」「こうでもない」と、企画の話をしている時が最も幸せな時かも知れません。
製作が始まってしまうと、何らかの問題が生じて、連日気の休まることがないのは目に見えていますから。

年内には映画化作品を発表できると思います。

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2006年08月23日

“また、書きますよ!”

 忙しさで全然ブログに注意払う暇が少しもありませんでした。
「どうして止めたんですか?」
「続けて下さいよ」
という要望が事務所や個人パソコンにもらったりして、やっぱりキチンと続けなくては、と反省しました。

 一つにはシネマサロンが配信会社の経済的な問題で続けられなくなって、折角評判よく軌道にのりかけたところだったので、がっくりきたこともあるんです。
 実はその後のゲストも6人は決まっていたので、その方たちに平身低頭でお詫びしなければなりませんでした。

 前回ブログ原稿の後、沖縄映画祭に行きました。
 暑さでうんざりでしたが、リンケンバンドのライブ見たりして、結構エンジョイしました。
 千葉真一さんとも2年振りに会って、歓談。
 翌朝、ホテルのベランダから浜辺を見ていると、奥様相手に黙々と一人トレーニングする
サニー千葉の姿がーー。感激しました。
 あの方、本当に真面目な人です。

 久々に歴史に残る甲子園ドラマを見せてくれた全国高校野球大会も終わり、
 8月の週末も今週で最後です。
 皆さん、“想い出の夏”はできましたか?

 PS. 9月8日にボクの処女小説、
  『デイドリーム・ビリーバー/昭和64年、新宿』
  が書店に並びます。
  次回この事を書きます。

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2006年06月30日

“ポプラ社・小説大賞”

  今日ポプラ社小説大賞の受賞作品発表記者会見がありました。
 以前にも書きましたが、
   大賞賞金2000万円、優秀賞二作各500万円という未曾有の懸賞金。
  テーマは唯一=十代も大人も夢中になれるエンターテインメント小説=
  これって、正しく映画素材の宝庫! になると思っています。

  そして、応募総数が2760本の中から選ばれたのは、
   大賞  方波見(かたばみ)大志(26)
『3分26秒の削除ボーイズーぼくと春とこうもりとー』
   優秀賞 真田コジマ(35) 『鉄塔の上から、さようなら』
       長谷川安宅(38) 『見つめていたい娘』

 ポプラ社坂井社長と相談し、4月に形成した『小説大賞映画プロジェクトチーム』の七人のプロデューサー達は、自分が映画化を希望する作品選択を手ぐすね引いています。
 今日の記者会見も見に来ていた川崎隆P(『スーパーの女』『NANA』)曰く、
「この受賞三作以外にも映画にした面白いものが何本かはあるでしょうね」
カナダ留学後、活躍していたCM界から転身した若い村山哲Pは、若干26歳の受賞者
方波見氏の『3分26秒の削除ボーイズ』に、
「タイトルに、現在(いま)を感じますね。何かありそうですね」
 二人の意見にボクも全く同感です。
 式半ばで駆けつけた臼井正明Pと四人で、受賞パーティー後に、しばし、コーヒー談義。臼井Pは、僕のワセダの後輩でもあり、大学卒業後も16年間プルミエで映画製作に従事してきた。佐々部清監督とのコンビでできる作品を見つけられたらいいと思う。

 ボクはその後、今日から始まる『おきなわ映画際』に参加するべく、今羽田空港に向かっています。
 20時発の便で、那覇到着が22:30ですから会場がある北谷町美浜に着くのは深夜0時近くになってしまうでしょう。
15年ぶりの沖縄です。


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2006年05月17日

“釜山にて”

韓国釜山に来ています。
昨日午後『シネマサロン』で6月1日から配信予定のあおい輝彦さんの収録を終えて成田空港からノースウエスト機(18:10発)で釜山入り(20:45着)。ホテルに着いたら夜10時になっていました。
パラダイス・ホテルのバーラウンジで韓国焼酎の水割りを2杯飲んだら、バタンキューの世界でした。

今回の訪韓は、明日開催される東西大学主催のセミナーに出席するためです。韓国映画通の青木謙介さんが通訳も兼ねて同行してくれています。
僕が語るのは『日韓映画界がこれから如何に組んでいくか?』
これを製作者の立場で語るつもりです。

日中韓のセミナーになっていて中国からは、アニメーション製作会社ジョン ウォン・スタジオの代表ジョン・ウォンさんが参加します。僕は当然初対面で、今日の夕食会で顔を合わせます。

先週はこの準備もあり、ブログ更新ができぬままに今日になってしまいました。
さあ、これから明日の原稿チェックを青木さんとします!

PS. 3件追伸。
   1)『シネマサロン
     5月15日からゲスト高樹沙耶さん。
     地球環境問題に目覚めた沙耶ちゃんーーとても魅力的。
     前よりもっとチャーミングな女性になっている。
     必見!
     
   2)『バーミヤン』
     連日ギッシリの打ち合わせの合間に観たドキュメンタリー。
     良かった。心洗われ、カルチャーショックを受けた1時間半だった。
     旧来の友人石畑俊三郎が社長を務めるフューチャー・プラネットが
     製作した。このフューチャー・プラネットは今後の僕の映画創りに  
     でも提携していく。

   3)あおい輝彦
     『シネマサロン』の収録で久しぶりに会う。
     あおいクンと僕はもう10代からの友人。収録時間が足りないくらい
     だし、ディレクターの山下さんから注意されないとプライベートな話で
     どんどん進んでしまいそうだった。
     ジャニーズーTV『冬の華』—主題歌『二人の世界』—大ヒット曲『あな
     ただけを』—映画『人間革命』ー『犬神家の一族』—『二百三高地』……
     数々の舞台、TVドラマを経て……『水戸黄門』……改めて振り返って
      みると、あおい輝彦の40年以上に渡る芸能史も凄い!

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2006年05月08日

“GW is over. これからまた闘いだ!”

GWが終わりました。
少し休みボケです。もっとも、連日様々な方々と会っていたので余り休んだ気はしませんが…。それでも世間が休みのせいか気分はリラックスでした。都内の道路も空いていて車の移動がとても楽でした。

この一週間の楽しかった酒飲み会を二件。

GW谷間の5/2(火)。
 トムスエンターテインメントの松本社長、熊井良介さん、映画宣伝会社P2プラン
 ニング照本良プロデューサー達と新井薬師の居酒屋で映画談義。
 三人とも旧知の中なので、会話がまったく自由。来年に向けてやろうとしている
 アニメーション映画のこと、現在進めている映画の原作本のこと……話題は自然
 と映画の話になる。そして、当然熱くなる。酒も進む。
 今日の話が実現化できるといいなあーー。
 きっとできると思う。

5/5(金)子供の日。
 信州から届いたばかりの山菜で天ぷら+飲み会を我が家で。
 アルチンボルトの成田P、東P。ユニークブレインズの川崎P、増田(ますだ) 
 P。プルミエの村山P。それに今日もP2の照本さんがメンバー。
 たらの芽、せり、筍、椎茸、ふき、コゴミ、うど……等、まさに山菜づくし
 に舌鼓を打つ。初夏を思わせる気候の中で、ビールが美味いし、天ぷらと焼
 酎もよく合う。仕上げは日本蕎麦。夕方5時から始めて10時過ぎになった。

 お互いにこれまで余りつき合いが無かったので親睦の意味合いを含んでいた
 のだが、皆ステキな人たちだった。楽しいプロジェクトが展開して行きそう 
 な予感。

 忘れていましたが、今週東映大泉撮影所に『俺は、君のためにこそ死ににいく』のセット撮影を見に行きました。
 新城卓監督と久しぶりに会いましたが、B班監督の中田信一郎さんもしっかりと新城さんを支えていて、いい雰囲気の現場でした。新城さんの代表作になると思います。

 津川雅彦さんともバッタリ。
「久しぶり!」と津川さんの差し出す手とまずは握手を交わし、
「『寝ずの番』のヒットおめでとうございます」と直立不動のボク。(ボクは津川さんが在籍した高校の後輩なんです。)
 今配信中の『シネマサロン』原田大二郎さんの回で『寝ずの番』の予告編を流しています。津川先輩へのrespectと日本映画への応援のつもりです。

 GWも終わり、これからまたクリエイティブな闘いが再開します。

 
 

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2006年05月01日

“GWが始まりましたねぇ…”

『スペース・シネマサロン』今日から原田大二郎さんの配信が始まりました。
 60歳を過ぎても若々しい大二郎さん。四月初旬に新宿サザンシアターで観た『平将門』でも年齢を感じさせないエネルギッシュな芝居で将門を演じていました。40年来旧知の清水邦夫さんの脚本、 20年来旧知の野伏翔さん演出の演劇で、何だか凄く仲間意識を感じる舞台でした。
 残念ながら萩本欽一さんの回の配信が終了しますが、斉藤耕一監督の分は<アーカイブ>に残りますからまだご覧になっていない方はどうぞ。

4/23 (日) 若い監督坪井拓史君と会う。
  九年間掛りで製作した『美式天然(うつくしきてんねん)』という映画で
  昨年11月にトリノ映画祭でグランプリを獲った。
  林海象監督のデビュー作『夢見るよう眠りたい』が何故かフラッシュ
  バックする作品。もう25年前のことになった。
  共通しているのはレトロへの憧憬であり、それはもしかしたらrespect
  とか賞讃とかいう言葉に置き換えられるかも。明後日から韓国とS.フラ
  ンシスコの映画祭に行くとのこと。彼の次回作のことなど2時間話すが、
  映画に対する取り組み方の姿勢がいい。夏には新作の撮影に入ると
  のこと。まだ34歳。
  頑張れ、坪井! キミの五年後を期待しているよ!

4/25(月)トムスエンターテインメント・熊井良助さん、P2プランニング・
  照本良さん、プルミエ・村山Pと映画の打ち合わせ。
  「トムス〜」は旧称「東京ムービー」。『あしたのジョー』『ルパン3世』
  を始め多くのアニメーションの名作を排出している。熊井さんは『名
探偵コナン』『あんぱんまん』等の仕掛人だ。
  照本さんは通称「テルさん」宣伝プロデューサーとしてビートたけしさ
  ん監督の一連の作品を始め多くの映画の宣伝を担当してきている。
  ボクと知り合ったのはもう25年前、まだ新人だった森田芳光監督の
  『ボーイズ&ガールズ』という映画の宣伝担当者として付いた時から
  のつき合い。
  「増田さん、自分から発信しなければ駄目だよ」とブログ開設を熱心
  に進言してくれたのもこの二人だった。
  二人共そういう素振りは照れて見せないが、芯からの映画好き。だ
  から映画のことを話していて、とても楽しい。しかも、それが単なるクリ
  エイターレベルだけの話にならないのがイイし、凄い。プロだから、常
  にマーケット展開が各人の念頭に置かれているので時々ふとビジネス
  としての映画に変わる。そうなると、作品のことより、いかなるマーケット
  展開にするべきかで白熱した論議が繰り返される。そして、その作品と
  してのクリエイティヴィティとビジネスとのバランスが程よい配合でなさ
  れて会話の中で絡みかっていく。若い村山Pはとても勉強になっている
  様子だ。
  ——“年の功”、というのはこういうところに出てくるものだなあ。
  と感じながら、気持ちよい映画企画話ができた。こういう環境で打ち合
  わせしながら飲む生ビールは、当然美味かった。

      *          *          *          *
その後、先週は何人かの人との打ち合わせが多くありました。

 その間、少し熱を出し、身体の節々が痛くなり…要するに風邪をひいてしまいました。
 早く帰宅して、『一番』(環七・小茂根にある、知る人ぞ知る、“行列ができるラーメン屋”)でチャーシューとにんにくたっぷりのラーメンを食べ、レモン3個を絞ったジュースを飲み、珍しく10時にはベッドにーー。
 前夜に39度あった熱が朝には36.7度になっていました。
 そしてGWがスタート。
 ボクは、連日予定が入っている打ち合わせと…原稿書きと…ボケッと考え事と…時々のジム通いと…etc…そんな今年のGWになりそうです。

 今日から5月。
“目に青葉——”
 山ホトトギスもいないし、初鰹もありませんが、3Fの寝室の窓から5月の新緑だけは目に飛び込んできます。

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2006年04月24日

『レ・ミゼラブル』…など

4/17(月) 前から見たいと思っていた映画『Brokeback Mountain』を観る。
 良かった! 自分は映画の中のヒース・レジャーとジェイク・ギレンホール
 のようにはなれないけれど、心情的には男の友情の究極はああいうモ
 ノなのかな、と思ったりする。
 ボクがグレイハウンドのバスを乗り継いで北米中を旅し、アイダホの農場で 
 働いた60年代後期のアメリカ中部が舞台になっているのも、興味を深めた一
 因か。

4/18(火)『シネマサロン』3回目原田大二郎/4回目高樹沙耶 収録
 大二郎さん……相変わらず若い。いつ会っても楽しいヒト。この人が撮影現
  場にいると現場が明るい。スターでこんなにムードメーカーになってくれ
  る俳優さんは本当に有り難い。

 沙耶ちゃん……僕が名付け親になってデビューしてもう20年。女優としては
  勿論、それ以上に女性としてステキになってきた。ステキな生き方をして
  いるからだろう。

4/19(水) プロデューサー仲間がが集まって、『ポプラ社小説大賞』の話題。
  大賞賞金2000万円、入賞二作各500万円という未曾有の懸賞金。
  テーマは唯一=十代も大人も夢中になれるエンターテインメント小説=
  ——これって、正しく映画素材の宝庫!
  そして、応募総数が2760本!
  この中から何本のエンターテインメント映画をが誕生するのか?

4/20(金) 『同期の桜』(九段会館)観劇
  宮崎県・延岡の島浦航空隊学十四期生に配属され、特攻隊員として散って
  いった学徒達の友情と愛国心をとてもまじめに正面から描いている。
  こういう題材を選ぶと、下手すると「右翼チック」と言われがち。しかし、
  決してそうではない、国を愛し、親、愛する人、友を想う心は万国共通に
  “純”なものだから。
  プロデユーサーの中崎吉廣さんのこの芝居に賭ける想いも“純”で、積年
  の想いが舞台一杯に溢れているのがとても心地良かったです。

4/22(土) 『レ・ミゼラブル』(日生劇場)
 もう20年近く前に鹿賀丈史さんのバルジャンで観た記憶があります。久しぶりに観て改めて“凄いミュージカルだ”と思いました。感動しました。千秋楽間近(残り三日間)という時期もあるのでしょうか、舞台上の俳優さんたち芝居もピークも良い状態で見せていただけた気がします。カーテ・コールは4回にもなりました。客席は皆スタンディング。出演者と観客がひとつなっていました。劇場を去る時、とてもイイ気持ちでした。

ミュージカルというとボクたちが連想するダンシング・シーンがなく、またコメディー要素もなくシリアスな物語故になのか、オペラ言った方がよさそうです。「英国オペラ」とでも。
 今日のバルジャンは別所哲也さん。『ファンタスティックス』『 34丁目の奇跡』…etcと別所さん舞台を垣間みてきたボクですが、その度に大きな俳優さんになっていく姿は驚きと頼もしさで一杯です。
 別所さんは役者としてもステキですがそれ以上に映画を愛する映画人としてもステキな人です。彼が名目だけでなく(スターの立場で名前だけ形式クレジットされることが往々してあります)、実質プロデュースを務めてきた『ショートショートフィルムフェスティバル』も今年で8回目を迎えます。プロデューサー別所哲也に拍手!
その別所さんと芝居後に食事。ビールと焼酎を飲みながら焼き肉を食べる。マネージャーの斉藤さんも同席。

最初は『レ・ミゼラブル』の話題。ここでは別所哲也は情熱的な俳優さん。台本の素晴らしさ、バルジャンの役に対する自分の演技計算、舞台立つ悦び…などを熱く語る。

その後、『ショート・ショート・フィルムフェスティバル』の話なると、一転してプロデューサーの顔に。これがまた頼もしい。
ボクも俳優別所哲也でなく同志のプロデューサーと話している気分になる。

ああ、これは書いていくといつまでも終わりそうにありません。
また機会ある時に書きます。

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2006年04月17日

滝沢演舞城ほか

スペース・シネマサロン2回目の斉藤耕一監督の配信が始まりました。
 『津軽じょんがる節』『約束』『旅の重さ』などの名作を世に送り出した監督のスチールマン時代のことなど、通常では伺えない興味深い話に時間が経つのを忘れるほどでした。

 萩本欽一さんの回も好評につき、月末まで延長することになりました。ですから、4月末までは二人のゲストの話を楽しめるわけです。1回目を見逃した方、再度ご覧になりたい方は、合わせてお楽しみ下さい。

4/12(水) 新橋演舞場にて『滝沢演舞城』を観劇。
    ジャニーさんが楽しそうに演出している姿が目に浮かぶ舞台でした。
    演出家が楽しんでいるそのままが舞台に現出していました。
    「演出している自分が楽しくなければ、お客さんが楽しめるわけがな  
     いでしょう」
    そんなジャニーさんの声が聞こえてくるようでした。
    日本の昔の話に題材を求めていますが、若い観客に<温故知新>を
    知らしめる貴重な貢献をしているーーと思いました。
    
ボクも、これからは大いに楽しみながらできる映画製作をしたいと思っています。
現在二本の映画製作を準備しています。
五月なったら皆さんにお知らせできるかと思います。

もう桜も散って若葉が日増しに青さを増しています。
ボクの気持ちも季節の動向に比例するようにどんどん前向きになってきました!

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2006年04月10日

“Thank you for your comments !”

ブログNo.2—です。

『シネマサロン』のことで知人から随分沢山E-mailがありました。ここ一週間のメール受信量がパソコン始めてから最大量だった気がします。 
拒否しても拒否しても日々送られてくる<出会い系サイト>の怪しきメールが皆無と見えるほど霞んでいましたから。
僕のアドレスを知っている人はブログでなくてメールしてきますよね。

とは言え、ブログにもコメントをいただきました。
送って下さった方々、ホントに、本当に、有り難うございます。
以前に、石原裕次郎さんの本を上梓した際に読者ファンレターのようなものをいただいたり、製作した映画に対してのお手紙をいただいたり、は随分ありますが、こうして、「ネットブログ」という形でもらうと、何だかこれまでとは異なる感慨があり、嬉しいものです。

僕が知っているかなぁ、と思う人が二人......
 ——Maliceさん、僕と何度か仕事しましたよね? 音楽関係の方?
 ——よっこさん、もしかして、昨年の断食ヨガ合宿で一緒だった女性(ひと)?
 この誰か分からないミステリーもブログの面白さですかね。

スペース・シネマサロン2回目は斉藤耕一監督で4月15日から配信開始です。
今配信中の萩本欽一さん。ご友人の人たちにも教えてあげて下さいね!


次回は本業の映画製作のことでも書きましょう!

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2006年04月01日

“My Blog” 開設

今日からボクも“My Blog” を開設することになりました。

というのは、今年になってから、
「増田さん、もう映画製作はしないんですか?」
とか、
「もう、映画製作は止めたと聞きました」
なんていうことを言われて、
それを耳にしたボクの映画界の多くの友人達から、
「自分の活動情報を発信しておかないと駄目だよ、中には足引っぱりもある世界だからさあ」
と言われたのがきっかけです。

では、なぜ今日から?

それはーー今日4月2日からボクがナビゲートするインターネット・チャンネル
スペース・シネマサロン
の配信がスタートするので丁度よいきっかけかと思ったからです。

これは、番組企画を相談されて、
「映画チャンネルを作ったら」
と言ったのが始まりです。
映画チャンネルといっても、映画を配信するわけではありません。
<映画について語りましょう> という番組です。

一回目のゲストは、萩本欽一さん。4月末までひと月配信します。
欽ちゃんが映画について語る?——どんな話になるのか、楽しみに一度見てみて下さい。

ボクの本業は映画プロデュースなので、その辺の話も追々していこうと思います。基本的には、週一ペースで情報発信する予定ですので、

ヨ・ロ・シ・ク!

スペース・シネマサロン
私たちは映画を観て、笑い、泣き、そして生きる勇気と喜びを享受してきました。多くの映画製作を手がけてきた映画プロデューサー増田久雄が、毎回素晴らしいゲストを迎えて、「映画について語りましょう!」という番組です。映画製作の裏話、映画からプレゼントされた感動…etcどんな話が飛び出すことか。<映画のステキ>について<ステキなゲスト>と語ります。

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