2008年04月09日
『小林紘氏追悼』
光和興行の小林紘さんが亡くなった。
「上板東映の小林さん」と言った方がピンとくる人が多いだろう。
小林さんとは、金子正次の『チ・ン・ピ・ラ』を映画化する際に随分応援をしていただいた。同じ映画に携わる人間としてウマが合ったようで、それをきっかけに、私的にも友人として随分長いつき合いだった。一緒にローカルの映画祭に行ったり、若い映画監督,スタッフ達との交流の場をセッティングしたりした。
私と会うと、
「マッさんはメジャーで、オレはマイナー」
と、苦笑しながら言っていたが、本当に、誠実で、面倒見がいい人だった。
石井聰亙、小中和哉、牛山真一、五十嵐匠、川島透、松井良彦…etc.ぱっと頭に浮かぶだけでも多くの映画監督たちが小林さんの助けを借りて映画界で旅立ちをした。既にメジャーデビューしていた梶間俊一も小林さんのバックアップを得て『ちょうちん』を撮った。ボクの知らないところでも、沢山の監督たちがいる。
後年になって趣味とした陶芸作品をだして、小林さんらしい素朴な陶器に妻の手料理を盛り、一献傾けると、どんな時でも絶やすことがなかった小林さんの笑顔が浮かんできた。
日本映画界でもう少し評価されてもいい人だった。
合掌!
『和泉聖治監督現場訪問』
桜満開の昼下がり、和泉聖治さんが監督をしているテレビ朝日50周年記念スペシャルドラマの撮影現場を訪問する。
「渡哲也さんが出演しているし、一度見に来ませんか?」
とのお誘いがあり、和泉監督の演出現場を見ることと、渡さんとも久々にお会いしたいこともあり、急遽の訪問。
和泉さんとは来年に一緒に映画をやろうと計画している。
現場には、照明の大久保さんはじめ、旧知の映画スタッフもちらほら…。
丁度、弁護士役の渡さんと容疑者役の米倉涼子さんが絡む接見室の場面。現場で見ても、モニターで見ても、渡さんはそこにいるだけで、存在感がある。米倉さんもそんな渡さんの存在感に一歩も引かぬ芝居で、油が乗った和泉さんの演出の下、重厚な収録を堪能した。
「久しぶり。元気してる?」
収録の合間に親しげに話しかけてくれる渡さんの変わらぬ気遣いが、人間としてステキだ。
コマサこと石原プロの小林専務が渡さんの傍らにデンと鎮座している光景もなんだか懐かしかった。
石原プロ、映画を作らないのかなあ…。
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2008年03月22日
『脚本づくり』
映画の脚本づくりがが佳境になっている。
一つの脚本は村上修さんと、もう一本は国井桂さんとやっている。両方とも原作ものではなくオリジナルなので大変だ。大変だけれど、その反面、やりがいもある。
まだ企画開発の段階なので、公表ができない。それは、企画の守秘性に依る要素が大きいが、もう一方で、進めている側からすると、
——本当に実現できるか?
という現実とが常に背中合わせにある、という要素が大きいと思う。
映画の実現は難しい。いくつもの越えなければならない高いハードルがある。原作が良いから、企画が面白いからと言って簡単に映画製作が実現するわけではない。ビジネスとしてどうマーケットで展開して行くかの勝算が非常に重要だ。しかし、テレビが「視聴率、視聴率」と視聴率一辺倒になってしまうのがどうかと思うように、映画に関しても、「興行、興行」と興行成績一辺倒になるのもどんなものか。
とは言え、テレビ以上にそれが要求されて当然なのは、映画の場合、お客さんが来なければ、ビジネスが成たたない――という厳しい現実が直ぐ後ろに控えているからである。
勿論、ヒットしないと思って映画を作る人は誰もいないだろう。
皆、そこそこの観客は集客できる、と思って作っているのだ。
しかし、思惑通りの興行成績を残せる作品は何本あるのだろう? 恐らく一割にも満たないのではないかと思う。
それでも、その一割に入る為には、やはり、「良い脚本ありき」がスタートだと信じている。
だから、今日もこれから深夜まで……村上さんとホンの打ち合わせです。
『春先の三浦海岸で』
あともう少しで桜の開花宣言が東京に出るだろうという先日のこと、三浦海岸で楽しい週末を過ごしました。
法政大学文学部教授の金原瑞人先生の小説創作ゼミにオブザーバーとして参加したのです。志満祐大君という金原先生のゼミの卒業生を通して知己を得ながら、一度もお会いすることなく今日まできていました。
これまでに昨年2度チャンスがありながら、ギリギリになってどうしても抜けられない仕事が入ってしまって、2度ともキャンセルせざるを得なくなってしまいました。正に、<三度目の正直>でした。
三浦海岸駅から徒歩10分の小高くなった場所に法政大学のセミナーハウスがありました。
午後3時頃でしたでしょうか。全員集合です。
参加者、20名。現役学生13名、卒ゼミ生3名、高校生1名、外部の人1名、ゲスト1名——このゲストというのが私です。
* * *
既に何作かの作品は数日前に手渡されていて、まだ読んでいない人の為に、2時間後に合評会をやることになる。
新たに受けとった原稿を手に自室に戻ると、しばしの時間,隣室の金原先生と懇談する。
私のプロデュース・フィルモグラフィーを見て、
「増田さん、伊達一行はどうしていますかねえ…」
金原先生がおっしゃった。
私の初期の作品『沙耶のいる透視図』をご覧になり、とても印象に残っているとのこと。あの映画が高樹沙耶のデビュー作でもあり、また現在『相棒』を監督している和泉聖治さんとの最初のコンビ作品でもあった。すばる新人賞を受賞した標題小説の原作者が伊達一行さんだった。脚本は現在監督としても活躍している石井隆さんで、音楽は一柳トシ(漢字が見つからない)さん…蒼々たるメンバーだった。そんなこんなで金原先生としばしの映画談義。
そして、夕刻からの、合評会→夕食→合評会→飲み会…と続いたがとても楽しかった。何よりも、学生達に混じって私自身が40年前にタイムスリップしたような気分で彼らの合評を傍聴させてもらった。
各作品ごとに各人が批評、感想を述べるのだが、先生が最後に私に必ず振るので、傍聴だけのつもりだった私も仲間に加わって感想を述べた。
何よりも驚いたのは、皆がかなりの筆力を持っていて、それなりの作品に仕上がっていること。そして、金原先生の誠実な指導方法のすばらしさ。ああいう先生の下で文学の授業を受けている学生はなんと幸せなことか。
夜には、ビール、焼酎を飲みながら、先生のリクエストで60年代、まだ$1=¥360の頃の私の世界放浪旅の話しなどをする。
翌朝からまた合評会があるというのに、若者たちに深夜3時頃までつき合ってしまう。彼らは5時までワイワイやっていたとのこと、それが翌朝、8時の朝食時にはすっきりした顔で食卓につき、旺盛な食欲を披露する。
若いって素晴らしい!
2日目はかねてからの約束があり、正午までの行事に参加し、一路東京へ。
三浦半島の東側を右手に海を見ながら車を走らせる。天気はピーカンで赤江はなった窓からの潮風が心地よい。
横浜—横須賀道路に入る前に食べたマグロ丼も美味しかった。
――又,来年も参加させてもらおう!
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2008年02月24日
『映画、演劇鑑賞ほか』
映画『ヒトラーの贋札』『結婚しようよ』『陰日向に咲く』『明日への遺言』『チームバチスタの栄光』『Kids』『泪壺』…etc. 先週、今週と可成りの本数の映画を観ました。演劇『山本周五郎の妻』(丸ビルホール)。寄席『立川談四楼・独演会』(北沢八幡)にも行きました。
これだけ続けて映画を観ると、その各々の映画に関して論評する気にはならず、つくづく映画評論家といのは大変エネルギーの要る職業だなあ、と普段何気なく接している映画評論家の方々に妙なリスペクトが生まれました。
でも、『ヒトラーの贋札』はよかった…。
○ ○
毎偶数月の15日の開催される立川談四楼さんの北沢八幡寄席は、昨年の10月、12月と2回欠席したため、半年振りの出席。「井戸の茶碗」ほか一席で久しぶりに談四楼さんの世界を堪能する。談四楼さんの高座には、昨今の落語家に失われつつある、今流にいうと「口座の品格」がある。
まだ、談四楼さんの高座体験が無い方は、偶数月の15日に是非下北沢の北沢八幡にお出かけ下さい。狭い会場で談四楼さんの落語を聴くと、何か大きな得をした気になりますよ!
毎回ゲストがユニークなのもお楽しみだ。
今回のゲストは琵琶の川嶋信子さん。余り馴染みがない琵琶だが、こうして身近に接すると、その独得の音色と川嶋さんの語りに魅せられてしまった。何よりも魅きつけられるのは、典型的な日本美人の川嶋さんが着こなしている着物姿。そんな川嶋さんが、ひた向きに琵琶を広めようとしている姿勢は、誰もが応援したくなる。
「まだまだ未熟なわたくしですが、琵琶の魅力を一人でも多くの方に伝えるためコツコツ活動しております。」
といただいたメールの控えめな文面にまたまた感激する。
頑張れ!川嶋さん!
○ ○
小松與志子作、五大路子主演、横浜夢座公演『山本周五郎の妻』。
山本周五郎の信奉者でもある私としては、是非にも見たい芝居だったが、友人の小松さんからお誘いに、嬉々としてご招待にあずかる。
小松さんの脚本と五大さんの芝居の素晴らしさは言うまでもないのですが、周五郎の人となりをみるだけでなく、戦後のある時代の小説界、出版界の様子を垣間みることもできて、とても貴重な観劇でした。敗戦から抜け出ようとする新しい日本社会の文壇の良き時代、を感じました。
隣席の翻訳家・演劇評論家の小田島雄志さんとも、後列席の脚本家石森史朗とも久しぶりにお会いし、歓談することができて思わぬプレゼントをいただいた気になりました。
それよりもなによりも、語り部役の「大河原」という編集者が登場してきた時には、なぜか「もしかしたら?」と妙な予感がしました。そうしたら、やはりその役は、文芸春秋編集者の大河原英興さんのことでした。
大河原さんは、今からもう40年前に、旅行月刊誌に連載していた私の世界旅行記をお読みになり、
「貴方、小説を書く気はありませんか?その気があるなら、私が指導しますから」
とお声をかけてきて下さった編集者でした。たしか、『文学界』の編集長をなさっていました。当時、私はまだ大学生。小説を書く――などということは、想像もできないことで、
「お話は有り難いのですが…」
とご辞退申し上げました。しかし、後年、映画演劇の脚本を書いたり、小説はじめ何冊かの著作物を上梓するようになってから、
———もしかして、あの時,大河原さんの声かけに乗っかっていたとしたら?
と考えたりもしたものです。
脚本家の小松さんの話しによると、今回の芝居の誕生は、大河原さんが語った周五郎の後妻“きん”の話しが、発端だったとか。
この芝居で私も40年前の学生時代に一瞬タイムスリップすることができました。
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2008年02月10日
『結構、多忙な年頭です』
東京に久しぶりの積雪がありました。
「映画製作、再起動」宣言をしたので、結構多忙な年頭の毎日です。
早速開始した企画開発も順調に進んでいる気がします。
時期がきたら発表します。
○ ○
松飾りが取れて、正月気分も抜けたある日——。
井坂聡監督が来社。会うのは3年振りくらいだ。
3年の空白はどこかに吹っ飛び、映画の話しで盛り上がる。東大野球部の井坂さん、インテリでなおかつスポーツマンだ。頭の回転は早く、会話にもいい意味でのインテリの品格がある。
「3月頃でもまた会いましょう」
と約束して別れる。
現在進行中の企画の何かが一緒にやれればいいが。
○ ○
月半ばに、ポプラ社の遅めの新年会。
僕が昨年秋に出版した『サンタクロースに会いました』が好評だったようで、
作者としてはイイ気分で出席する。
その前の打ち合わせで遅くなり、ぎりぎりで駆けつけたつもりが、数分の遅れになる。200人程の会場に皆さん既に着席状態で、何だか司会者が開会の場つなぎをしている感があった。
「先に始めて下さい」
とお願いしておいたのだが、一本気な坂井社長の、
「少しくらいの遅れなら全員揃ってから」
の鶴の一声で、結局“マスダ待ち”になったとのこと。
著名な方々が大勢いらっしゃる中で、大いに肩身が狭い想いをする。
それでも、『僕のパパはウルトラマン』シリーズの作者・宮西達也さんが隣席で優しい笑顔で迎えてくれた。
現在、氏作のベストセラー絵本『ティラノザウルス』シリーズ(ポプラ社)のアニメ化を、トムス・エンタテインメントと進めている。
映画大好き人間の宮西さん、
「増田さん、映画の話ししましょうよ。色々映画のこと聞かせて下さいよ」
電話でもいつもおっしゃっているが、今日は円卓の隣席だから、料理が運ばれる合間の会話はまたまた正月映画の話題だ。
夜9時に終了した新年会だったが、二人の自宅が在る西部新宿線の鷺宮でファミリーレストランに入り、アイスクリームと珈琲でおしゃべり。ここでも、やはり映画の話し。
「宮西さん、いい加減で電車がなくなりますよ「
結局、深夜12時過ぎまでファミレスで映画談義をしてしまう。
でも、いつもほんわかと日溜まりのような笑顔を浮かべている宮西さんと話すのは、とても楽しい。
○ ○
企画の取材で大阪に行った帰り、新大阪の新幹線ホームで元関脇の荒瀬さんとバッタリ。そして、5分ほどの立ち話しをする。
荒瀬さんには確か2本くらい、ボクのプロデュース作品に出演していただいたことがある。
「また、映画に誘って下さいよ」 と荒瀬さん。
あのキャラクターはまた何かで是非ご一緒したい。
○ ○
ドキュメンタリー映画を二本観る。
『アース』と『靖国』。
『アース』は期待が大きかっただけに、ちょっと物足りない。
映画を製作する人間の端くれとして、
――大変な撮影を根気よく続けたなあ。
とその労苦に脱帽はするが、ただ変化していく地球と動物達の生態を追いかけただけのような気がする。
それでも結構な観客で埋まっていた。やはり、地球環境問題に対する関心の深さ故だろう。
『アース』を見ていて思い出したのが、子供の頃に見た『砂漠は生きている』。
ハイビジョン撮影の今日と違って、フィルム撮影だったからかなり大変な作業だったと想像できる。
今、見たら、どう思うのだろう。もう一度見てみたい。
○ ○
僕は決して、靖国肯定論者ではない。
しかし、映画『靖国』はずるい映画だと思う。
ああした形での一方的な情報操作によるイデオロギーの運び方はずるい。
「あの監督、靖国の老刀工を騙していますよね」
と、評した友人がいた。
「中国へ帰れ!」と連呼する右翼の姿をあれだけ執拗に追いかけるのにも監督の大いなる作為が見え見えでずるい。あの姿も真実だが、別の真実もある。
そこに情報操作が存在している。
「あんた小泉さんの靖国訪問をどう思うかね?」
という老刀匠の質問には自らは何も答えることなく、逆に、
「○○さんはどう思います?」
と、切り返し,骨子をすり変える。
「休み(休日)にはどんな音楽を聴くんですか?」
と、監督が訊くと、
“休み”を“やすくに”と訊き間違えた刀匠は、
「靖国の音楽?」
と、国粋主義的(私にはそう感じる)な音楽テープを流す。
……etc。
あの老刀匠は取材された自分がああして描かれること(利用される)ことを知らずにいる。まさしく、“騙し”と言えるでしょう。
自らが提示したいある結論に導くための作為アリアリは、映画を創作する人間しては、フェアーではない。
非常に不愉快な映画でした。
しかも、文化庁が助成金を出しているなんて――馬鹿じゃないの!
最後にもう一度お断りしますが、私は、決して「靖国肯定論者」ではありません。
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2008年01月07日
『新年を迎えて』
2008年を迎えて、もう一週間が過ぎてしまいます。
ここ何十年間で珍しく、家で読書とテレビ放送を満喫する正月でした。箱根駅伝なぞ、あれだけ堪能したのは初めてのことでした。
その合間に3回あった新年会もなぜかリラックスして過ごした正月でした。
今年の年賀状に、
この一年間に、「デイドリーム・ビリーバー」「団塊、再起動。」
「サンタクロースに会いました」という三種三様の本を書きました。
そんな私に、皆さんからのお叱りもあり、今年からは“リブート
(再起動)”し、本業の映画製作に専心します。
という一文を添えました。
その通り、連日映画の脚本作りに精を出しています。
現在仕掛けていることの形が見えてくるのは春先になってしまうかと思いますが、応援して下さる皆さんに吉報を届けたいと思っています。
